
私は特別区職員として43年間働きました。
その間、図書館、情報処理、保育、選挙、住民票など、さまざまな仕事を経験しました。
その中でも、今振り返ってみると、
「よく、あれだけの仕事を同時にやっていたな」
と思う時期があります。
定額給付金の仕事を担当したときです。
正確に言えば、私は定額給付金の正式な担当者ではありませんでした。
それなのに、いつの間にか、システム、申請書、発送、マニュアルなど、給付を始めるための実務に深く関わることになっていました。
そのとき私は「日曜開庁担当」だった
少し時間を戻します。
私は選挙管理委員会事務局から異動し、日曜開庁を担当することになりました。
9月に異動し、翌年1月には日曜開庁を始めたい。
準備期間は、それほど長くありませんでした。
なんとか日曜開庁をスタートさせ、その後、今度は戸籍や住民基本台帳に関係する全国組織の仕事も担当することになりました。
正式な発令は日曜開庁担当でしたが、実際には二つの仕事を抱えているような状態です。
それから、およそ1年。
今度は国が定額給付金を実施するという話が出てきました。
そして私にも、
「定額給付金の仕事もやってくれ」
という話が来たのです。
日曜開庁。
全国組織の仕事。
そして定額給付金。
さすがに私は、
「これはちょっと無理がないですか」
と、かなり上の立場の人に話しました。
返ってきたのは、
「よろしく頼むよ」
という言葉でした。
さらに、
「できる人のところには、仕事が集まるものだ」
というようなことも言われました。
そう言われれば、やるしかありません。
こうして私は定額給付金の仕事にも加わることになりました。
正式な担当者は、別にいた
実は、定額給付金には正式な担当者がいました。
私はその担当者を手伝う立場です。
ところが実際には、単に手伝うという程度では済みませんでした。
給付を始めるためには、まず仕組みそのものをつくらなければなりません。
申請を受け付ける。
対象者を確認する。
振込先を確認する。
給付状況を管理する。
そのためには電算システムが必要です。
ところが、当然ながら定額給付金専用のシステムなど、最初から区役所に用意されているわけではありません。
そこで私たちは、既存のシステムを改修して使うことを考えました。
私が選挙管理委員会にいた経験もあり、記憶では、期日前投票で使っていた仕組みをもとに、同じシステム会社と相談しながら改修を進めたと思います。
当初は、23区の別の区が先行して同じようなシステムをつくっていました。
正直なところ、
「そこがつくったものを使わせてもらえばいい」
くらいに考えていました。
ところが途中で、その区がシステム改修から下りてしまったのです。
そうなると、こちらが先に進めなければなりません。
予定が変わりました。
国からの通知を待っていたら、間に合わない
定額給付金は国の制度です。
当然、国から次々と通知や資料が来ます。
ところが、現場からすると、それをすべて待っていたのでは間に合いませんでした。
区長からは、
「できるだけ早く給付したい」
という意向も示されていました。
できれば他の自治体よりも早く住民に届けたい。
そのためには、国から正式なものが出てくるまで待っているわけにはいきません。
申請書をどうするか。
どんな帳票にするか。
封筒には何を入れるか。
住民が見て分かりやすいか。
職員が確認しやすいか。
窓開き封筒を使うなら、宛名が正しい位置に印刷されるか。
一つひとつ決め、テストしていきました。
印刷会社や封入・封緘を行う会社との調整も必要です。
システム会社から、
「テストをお願いします」
と言われれば、できるだけすぐにテストする。
結果を返し、修正してもらう。
またテストする。
そんなことを繰り返していました。
プレス発表を見て「えっ、そこまでにやるの?」
もう一つ、今でもよく覚えていることがあります。
区としては、定額給付金をいつから始めるのかを、できるだけ早く発表したいわけです。
ところが、その話が必ずしも現場まで十分に伝わってくるとは限りませんでした。
あるとき、区のプレス発表を見て、
「えっ、そこまでにやるの?」
と思ったことがありました。
私たちが知らないところで、話が先に進んでいたのです。
国からは情報が少しずつ降りてくる。
区の上層部では開始時期の話が進んでいる。
そして現場では、システムをつくり、帳票をつくり、業者と打ち合わせをする。
現場は、まさにてんやわんやでした。
印刷現場で確認し、その足で別の仕事へ
給付対象者に送る書類は、作れば終わりではありません。
正しく印字されているか。
文字化けなどが起きていないか。
対象者以外に出ていないか。
実際の印刷現場へ行って確認する必要もありました。
私はその確認のため、関東近辺にあった業者の作業現場まで出向いたことがあります。
そこで印刷物をチェックして、問題がないことを確認する。
ところが、私には定額給付金以外の仕事もあります。
確認を終えると、その足で、戸籍・住民基本台帳関係の全国組織の打ち合わせに向かいました。
今考えると、ずいぶんいろいろな仕事を同時にやっていたものです。
ただ、当時の私は、
「間に合わない」
とは、あまり考えていませんでした。
目の前に仕事があれば、一つずつ片づける。
それだけでした。
人を集めても、仕事は始められない
定額給付金の事務には、多くの人が必要でした。
職員だけでなく、人材派遣の力も借りました。
申請書をコピーする。
スキャンしてデータとして保存する。
銀行口座が正しく記載されているか確認する。
必要な情報を入力する。
問い合わせにも対応する。
しかし、人を集めただけでは仕事はできません。
マニュアルが必要です。
そのマニュアルも、私が作りました。
ここで役に立ったのが、選挙管理委員会での経験でした。
選挙では、大勢の職員が同じ手順で間違いなく仕事をしなければなりません。
そのため、マニュアルづくりは欠かせません。
定額給付金でも同じでした。
国から完成した事務手順がすべて渡されるわけではありません。
制度を読み、実際の事務の流れを考え、
「この場合は、こうする」
というところまで自分たちで決めていく。
それを、誰が読んでも同じ仕事ができるようにマニュアルに落としていきました。
給付が始まっても、仕事は終わらなかった
ようやく給付が始まったとき、達成感に浸ったかというと、そんな余裕はありませんでした。
実際に受付を始めれば、想定していなかったことが出てきます。
基本は郵送による申請でしたが、区役所の支所などでも相談や対応が必要になります。
特に高齢の方など、
「どう書けばいいのか分からない」
という方もいます。
現場から問い合わせが来る。
その都度、対応を考える。
不具合があれば直す。
給付開始はゴールではなく、むしろ実際の運用の始まりでした。
結果として、私のいた区は23区の中でもかなり早い時期に給付を始められたと記憶しています。
区長も会見で、早く届けることができたという趣旨の話をしていたと思います。
大変でしたが、
「住民に早く届ける」
という目的を果たせたことは、よかったと思っています。
「早く、正しく、美しく」
定額給付金の仕事をしていたとき、私の頭の中にずっとあった言葉があります。
選挙管理委員会時代の先輩がよく言っていた言葉です。
「早く、正しく、美しく」
早ければいいわけではない。
正確でなければならない。
そして、仕事をきれいに仕上げる。
定額給付金でも同じでした。
区からは早さを求められる。
しかし、給付する相手や金額を間違えるわけにはいきません。
だからこそ、
早く、正しく、美しく。
選管で教わった仕事の仕方が、まったく違う定額給付金の仕事でも生きていました。
今になって、給付金について思うこと
あれから長い時間が経ちました。
今でも国が給付金や補助金を出すという話を聞くことがあります。
そんなとき、私は少し違った見方をします。
お金を配るためには、実際には非常に多くの事務が必要です。
システムをつくる。
申請書をつくる。
印刷する。
郵送する。
申請を受け付ける。
内容を確認する。
口座情報を入力する。
問い合わせに答える。
振り込む。
そのために職員が働き、人を雇い、民間会社にも仕事を発注します。
もちろん、給付によって助かる人がいることは間違いありません。
一方で、実際に給付する側を経験した私は、
「お金を集め、それをもう一度配るために、これだけの事務費と人件費をかける方法が、本当に一番いいのだろうか」
と思うことがあります。
これは制度の良し悪しを単純に決めつけたいという話ではありません。
ただ、給付金には、ニュースで報じられる金額だけでは見えない仕事があります。
私は、その裏側を実際に経験しました。
正式な定額給付金担当ではなかったはずなのに、気がつけば、かなり深くその仕事に関わっていました。
当時は大変でした。
でも今振り返ると、
「ああいう仕事も、させられたな」
と、少し笑って思い出せる仕事の一つです。

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