自分で始めた日曜開庁に苦しめられるとは|住民票係長のとほほな日々

自分で立ち上げた日曜開庁。

その仕事が終わったと思ったら、今度は自分自身が日曜開庁に苦しめられることになりました。

私が区役所で日曜開庁の立ち上げを担当した後の話です。

日曜日に、住民票、戸籍、外国人登録、税、国民健康保険、介護保険、児童手当などの転入時の手続きを、できるだけ一つのフロアで済ませられるようにしました。

平日は別々の部署で働いている職員も、日曜日には住民票や戸籍の窓口があるフロアへ集まります。

ようやく日曜開庁を実現し、私の仕事も一区切り。

そう思っていたところ、次の異動先は、なんと同じ課の住民票係でした。

今度は自分が日曜開庁を運営する側に

住民票係は、区役所の中でも来庁者が多い部署です。

私が係長として異動した当時、出先の職員も含めて約40人の部下がいました。

本庁だけでも30人程度いたと思います。

日曜開庁では、住民票係の職員は、おおむね半数ずつ交代で出勤していました。

つまり、月に2回程度は日曜日に出勤することになります。

しかし、職員にもそれぞれ都合があります。

「この日曜日は休みたい」

「この日は出勤できません」

事前に希望を聞きながら、翌月の勤務表を作らなければなりません。

しかも、単純に人数をそろえればよいわけではありません。

係長や次席、実務を取り仕切る職員など、その日の責任者やまとめ役も必要です。

誰を、どの日曜日に配置するか。

これが、なかなか大変でした。

まるで乱数表のような勤務表

翌月の勤務表は、前月の下旬には職員に知らせなければなりません。

ところが、約30人の希望を聞きながら、必要な人数と責任者をそろえていくと、なかなかうまく組めません。

あちらを動かせば、こちらが足りない。

こちらを調整すれば、今度は別の日に問題が出てくる。

出来上がった勤務表は、まるで乱数表のようでした。

日曜開庁の立ち上げを担当していた頃は、どうすれば日曜日に区役所を開けられるかを考えていました。

ところが、いざ住民票係の係長になると、毎月の勤務表を作るだけでも一苦労です。

自分で始めた日曜開庁に、今度は自分が苦しめられるとは思ってもいませんでした。

なぜ、私は同じ課に残されたのか

そもそも、日曜開庁の立ち上げを終えたら、別の部署へ異動するものだと思っていました。

ところが、私の異動先は同じ課の住民票係です。

後日、課長に理由を聞いてみました。

当時は、まだ日曜開庁を実施している自治体がそれほど多くありませんでした。

ほかの自治体から問い合わせがあったときに、立ち上げの実務を知っている私がいれば対応できる。

そのため、同じ課に残したというのです。

課長としては、もう少し来庁者の少ない係へ異動させるつもりだったようです。

しかし、実際に配置されたのは、課の中でも規模が大きく、苦情対応も多い住民票係でした。

おまけに、日曜開庁について他部署から問い合わせがあれば、私のところへ話が来ます。

立ち上げの仕事が終わったはずなのに、なかなか日曜開庁から離れられませんでした。

さらに定額給付金の仕事まで兼務

実は、日曜開庁を立ち上げていた頃も、それだけを担当していたわけではありません。

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そして住民票係へ異動しても変わらず。

定額給付金には別の担当者がいましたが、私は実務上の責任者のような立場で、制度の実施に向けた準備を進めることになりました。

住民票係長としての仕事をしながら、日曜開庁の運営にも関わり、さらに定額給付金の事務まで担当する。

振り返ると、約2年半にわたって、本来の職務に加えて別の仕事を兼務し続けていました。

さすがに、これは少し仕事が集中しすぎではないか。

そう思い、あるとき部長に話をしました。

「ちょっと、私のところに仕事が集まりすぎじゃないですか」

すると部長は、笑いながらこう言いました。

「能力があるところに、仕事は集まるんだよ」

いやいや、そんなことを言われても……。

全然、慰めになっていません。

43年間の公務員生活でも、とほほな時期だった

自分で立ち上げた日曜開庁に、異動後は自分自身が苦労させられる。

ようやく仕事が落ち着くかと思えば、今度は別の仕事が舞い込んでくる。

日曜開庁の立ち上げから住民票係長への異動。

定額給付金の担当も兼務したままです。

この約2年半は、私の43年間の公務員生活の中でも、特に慌ただしい時期でした。

部長の言う「能力があるところに仕事が集まる」という言葉。

ありがたい評価だったのかもしれませんが、当時の私にとっては、何の慰めにもなりませんでした。

今となっては笑い話です。

しかし、あの頃の私は、まさに「とほほ……」という心境だったのです。

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