
私が情報処理担当に異動したばかりの頃、配属当初の研修での出来事です。
午後の研修が始まる時間になっても、ひとりの職員が現れません。
「あいつ、どこ行った!?」
職場がざわつき始めました。
その職員は、最初からコンピュータの研修に強い苦手意識を持っていたようです。
コンピュータを扱う特殊な部署
「情報処理担当」は、区役所のコンピュータシステムを運営する部署です。
当然、プログラムを作ったり修正したりする仕事もあります。
ただし、配属されるのはコンピュータの専門職ではありません。
一般事務職として採用された職員が人事異動で配属されるため、全員がプログラムの知識を持っているわけではありませんでした。
そこで、新しく配属された職員には研修が行われます。
当時は、配属二年目の職員が中心になって、新しく異動してきた職員を教えるのが伝統でした。
コンピュータの仕組みから始まり、プログラム言語、マシン運用まで。
二週間かけて基礎から学んでいきます。
しかし、人には得手不得手があります。
特にコンピュータは、一度「自分には無理だ」と思ってしまうと、苦手意識がどんどん大きくなることがあります。
その職員については、上司からも「少し気を配るように」と言われていたそうです。
研修中に姿が消えた
午後の開始時間になっても、その職員は現れません。
研修は一時中断。
講師も受講生も手分けして探すことになりました。
屋上を探す人。
空いている会議室を探す人。
庁舎の外まで探しに行く人。
それでも見つかりません。
すると、ひとりが言い出しました。
「そういえば、この前、橋の上からぼーっと下を見ていたぞ」
その一言で、職場の空気が変わりました。
単なるサボりではないかもしれない。
みんなが心配し始めました。
しばらくして、その職員は見つかりました。
トイレにこもっていたのです。
上司からは、
「分からなくてもいいから、研修の席には座っていなさい」
と言われたそうです。
その後は研修の席に戻りましたが、最後に行われるプログラム作成は免除されました。
人には向き不向きがある
この研修は、単に知識を身につけるだけのものではありませんでした。
研修中の様子を見ながら、それぞれの適性を判断し、配属先の担当を決める意味もありました。
その職員はプログラムを扱う仕事ではなく、会計や庶務を担当することになりました。
そして二年ほどして、別の部署へ異動していきました。
人事異動が人生を左右することもある
区役所には、一般的な窓口業務とはまったく違う特殊な部署があります。
情報処理担当もその一つでした。
コンピュータが好きな職員の中には、ゲームを楽しむように夢中になってプログラムを組む人もいました。
一方で、苦手な人にとっては、配属されたその日から大きな負担になります。
本人の努力だけではどうにもならない「適性」というものが、仕事には確かにあります。
長い公務員生活を振り返ると、人事異動によって能力を発揮した人もいれば、逆に苦しんだ人も見てきました。
たった一枚の人事異動の辞令が、その人の働き方や、その後の人生まで変えてしまう。
あの研修で姿を消した職員のことを思い出すと、人をどこに配置するかという人事の難しさを、今でも考えさせられます。

コメント