区役所の窓口、その内側で起きていたこと――係長だった私が経験した3つのトラブル

区役所の窓口というと、どんな光景を思い浮かべるでしょうか。

住民票を取る人。

転入や転出の届け出をする人。

職員がカウンター越しに説明し、書類を受け取る。

外から見れば、ごく普通の光景です。

でも、窓口の内側にいると、ときどき思いもよらないことが起こります。

私は特別区職員として43年間働きましたが、意外にも、一般職員の頃は窓口に立つ仕事をそれほど多く経験していません。

住民票を扱う部署にいたときも、私は係長という立場でした。

普段の主な仕事は、住民から提出されたさまざまな届け出の決裁。

そして、もう一つ。

窓口でトラブルが起きたときの対応です。

区民から厳しいことを言われることもありました。

もちろん、中には「それはちょっと無理な要求では……」と思うこともあります。

でも、苦情も区民の声です。

できるだけ話を聞き、説明し、気持ちを静めてもらう。

それが責任者である私の仕事でした。

ところが、私が困ったのは区民への対応だけではありません。

「そこで、なぜ職員がそんなことをするんだ」

と思ったこともありました。

今回は、そんな窓口の内側で起きた3つの出来事を書いてみます。

「こんなカード、使えないじゃないか」

今はマイナンバーカードがありますが、その前には「住民基本台帳カード」、いわゆる住基カードがありました。

本人確認のための身分証明として利用できるカードでした。

ところが当時、一部の民間事業者では本人確認書類として扱ってもらえないことがありました。

あるとき、一人の区民が窓口にやってきました。

かなり怒っています。

「こんなもの使えないじゃないか。金を返せ」

話を聞くと、ある携帯電話の契約で住基カードを本人確認に使えなかったというのです。

私は説明しました。

住基カードそのものは、公的な本人確認書類として発行されていること。

ただし、民間事業者がどの本人確認書類を受け付けるかは、その事業者側の取り扱いによること。

そして、一度発行したカードの手数料を、この理由で返金することはできないこと。

すると、その方は、

「申請するとき、職員に『お得ですよ。いろいろな手続きに使えますよ』と言われた」

と言います。

しかし、少なくとも私たちがそのような売り込みをするような案内はしていませんでした。

そのことも説明しました。

ところが、なかなか怒りは収まりません。

そして突然、

「ハサミを出せ。こんなカード、ここで切ってやる」

と言い出しました。

私がハサミを渡さなかった理由

私はハサミを渡しませんでした。

カードはその方の持ち物です。

自宅へ持ち帰って、その後どうするかは本人の判断でしょう。

しかし、興奮している人に、その場でハサミを渡すのは別の話です。

周りには、ほかの区民もいます。

万が一のことがあってはいけません。

私は、

「ここではお渡しできません」

と話しました。

すると、また押し問答になります。

なんとか落ち着いてもらおうと、私は話を続けていました。

そのときです。

後ろにいた職員が、ハサミを持ってきました。

「えっ?」

私は目で、

「それはまずい。渡すな」

と合図したつもりでした。

しかし、そのハサミを相手がさっと取ってしまいました。

私は一瞬、まずいと思いました。

幸い、その方は住基カードを切っただけでした。

切ったカードを置き、ハサミも放り出すようにして、そのまま帰っていきました。

何事も起きなかったからよかったものの、私は、

「なぜ、今ハサミを持ってくるんだ……」

と思いました。

窓口の責任者は、区民の言葉だけを見ていればいいわけではありません。

ときには、後ろにいる職員が何をするかまで見ていなければならない。

そんなことを感じた出来事でした。

「苦情ですか?」から始まった苦情

もう一つは、私が日曜開庁の仕事をしていたときのことです。

住民票などの窓口業務では、コンピューターシステムが欠かせません。

そのため、システムのメンテナンスなどで、どうしても日曜開庁を休まなければならない日がありました。

もちろん、事前に区の広報誌やホームページなどで知らせます。

夜間や休日の受付窓口にも、

「今度の日曜日は日曜開庁を休みます」

という情報を伝えていました。

ところが、その休業日のあと、一人の区民から電話がありました。

「日曜日に区役所へ行ったのに、休みだったじゃないか」

という内容です。

最初に電話を受けたのは、別の職員でした。

その職員は、話を聞いて、

「苦情ですか? 係長に代わります」

と言ってしまったのです。

そして私に電話が回ってきました。

相手の第一声は、

「なんだ、『苦情ですか』とは!」

でした。

本来の日曜開庁の話に入る前に、別の問題が一つ増えてしまったのです。

これについては、こちらが謝るしかありません。

そのうえで、日曜開庁を休んだ理由や、事前に広報などでお知らせしていたことを説明しました。

すると今度は、

「俺が広報を見なきゃいけないのか」

という話になります。

交通費を返してほしいとも言われました。

もちろん、それに応じることはできません。

結局、同じような説明を何度も繰り返しながら、話を収めていきました。

ただ、私の頭の中には、

「最初に『苦情ですか』と言わなければ、ここまで話がこじれなかったのではないか」

という思いが残りました。

窓口でも電話でも、最初の一言は大切です。

私が休んでいる日に、なぜか私の名刺が

もう一つ、こんなこともありました。

私が休暇を取っていた日に、窓口で何かトラブルが起きたそうです。

相手から、

「責任者を出せ」

と言われた。

しかし、その日は責任者である私が休みです。

そこで職員は、

「今日は責任者がおりません」

と説明したようです。

すると相手から、

「責任者の名刺をよこせ」

と言われた。

そこで職員はどうしたか。

私の机の引き出しに入っていた名刺を取り出し、その人に渡してしまったのです。

あとで聞いて、私は驚きました。

私自身が相手と話をしたうえで、自分の判断で名刺を渡すなら分かります。

しかし、私はその場にいません。

どんなトラブルだったのかも知りません。

相手が何を主張していたのかも分かりません。

それなのに、本人の了解もなく名刺だけを渡す。

「それは違うだろう」

と思いました。

役所は組織で対応しています。

責任者が休みなら、その日にいる職員の中で組織として対応すればいい。

何でも相手の要求どおりにすればよいわけではありません。

普通の日には見えない「窓口の内側」

住民票を扱う窓口は、役所の中でも来庁者の非常に多い部署でした。

引っ越してきた。

引っ越していく。

結婚して名字が変わった。

住民票が必要になった。

多くの人が、人生のさまざまな場面で利用します。

それだけに、毎日いろいろな人が来ます。

ほとんどの日は、普通に仕事が流れていきます。

職員もきちんと対応しています。

でも、何か一つトラブルが起きると、普段とは違う力が必要になります。

相手が何に怒っているのかを聞く。

こちらに非があれば謝る。

できないことは、できないと説明する。

周囲の安全にも気を配る。

そして、ときには、

職員の対応によって、問題をさらに大きくしないようにする。

これも責任者の仕事でした。

苦情も「区民の声」だった

私は、苦情という言葉があまり好きではありません。

もちろん、無理な要求をされることもあります。

こちらの説明をなかなか聞いてもらえないこともあります。

それでも、その人がなぜ怒っているのかを聞けば、役所側に改善すべきことが見つかる場合もあります。

だから私は、苦情も一つの**「区民の声」**だと思っていました。

ただ、その声を受け止めるには、職員側にも冷静さが必要です。

興奮している人から、

「ハサミを出せ」

と言われても、出さない。

電話を取っていきなり、

「苦情ですか?」

とは言わない。

責任者が不在だからといって、勝手にその人の名刺を渡さない。

こうして書くと、どれも当たり前のことに見えます。

でも、窓口で突然何かが起きたとき、その「当たり前」ができるかどうか。

そこが難しいところなのだと思います。

私が住民票の担当で係長をしていた頃。

極端に言えば、私の仕事は、

書類に判を押すことと、トラブルが起きたときに前へ出ること。

そんな毎日でもありました。

区役所の窓口の外側からは見えない、内側の話です。

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