
「役所は9時から5時まで」
そんなイメージを持っている人も多いのではないでしょうか。
自治体によって勤務時間は異なりますが、私が勤めていた区役所の勤務時間は、午前8時30分から午後5時15分まででした。
しかし、部署によっては、そんな勤務時間では到底収まらない仕事もありました。
私が勤務していた「情報処理担当」も、その一つです。
住民税の納付書を一晩かけて印刷する
情報処理担当は、コンピュータを使って区役所のさまざまな業務を処理する部署です。
住民票、国民健康保険、住民税など、扱う業務は多岐にわたります。
私が住民税のシステムを担当していた頃は、9月から翌年6月まで繁忙期が続き、残業も珍しくありませんでした。
中でも大仕事だったのが5月です。
住民税の納付書を高速プリンターで一斉に打ち出すため、徹夜の作業になります。
作業に当たるのは、情報処理担当3人と税務担当6人。
ローテーションを組み、夜通しプリンターを動かします。
マシンルームには、高速プリンターや端末、ホストコンピュータが並んでいました。
夜になると聞こえてくるのは、空調の唸るような音とプリンターの音だけ。
「パタパタパタ……」
静かな庁舎の中で、その音だけが響いていました。
「夕食に行ってくるから、よろしく」
情報処理担当の職員が機器を操作し、税務担当は30分ほどごとに、印刷し終わった納付書を新しいものに入れ替えます。
夕方になると、税務担当の職員たちが夕食に出かけることになりました。
「夕食に行ってくるから、よろしく」
本来なら誰か一人は残るところですが、なぜか全員そろって出かけてしまいます。
この「よろしく」には、
「今の納付書を打ち終わったら、新しいものに替えておいて」
という意味まで含まれています。
私はそのまま機器の操作を続けました。
一時間ほどして、税務担当の職員たちが戻ってきます。
「♪お待たせ~」
なぜか、出かける前より妙に明るい。
よく見ると、全員の顔が赤くなっています。
どうやら夕食だけではなかったようです。
徹夜勤務の途中で「一杯やっておいでよ」
住民税の納付書を打ち出すまでには、長い準備があります。
税法改正への対応。
システムの仕様変更。
プログラムの修正とテスト。
データの移行。
何か月もかけて準備して、ようやく最後の印刷までたどり着きます。
税務担当の職員たちがホッとする気持ちも、分からないではありません。
「交代で食べてきなよ」
明るく声を掛けてくれます。
「ありがとうございます」
しかし、機器を操作しているこちらは、トラブルが起きないか気が抜けません。
お礼だけ言って、私は再び端末の画面に目を戻しました。
それから数時間。
交代のため、別の税務担当職員がやってきました。
ところが、今度の職員はさらに顔が赤い。
「控室に用意してあるから、一杯、景気をつけておいでよ」
言葉はどことなく、ろれつが回っていません。
足元も少し怪しい。
私は、
「いやいや、こっちはコンピュータを動かしているんだけど……」
と心の中で思ったものです。
実際、酔ってしまった税務担当職員の代わりに、私が納付書を入れ替えたこともありました。
今では考えられない昭和の徹夜勤務
そんなことをしているうちに、少しずつ夜が明けてきます。
長い準備を経て迎えた、年に一度の住民税納付書の打ち出し。
税務担当にとっては、大仕事を終える一種の「イベント」だったのでしょう。
もちろん、勤務中の飲酒など、今なら到底許されません。
当時でも褒められた話ではなかったと思います。
それでも、昭和の終わり頃の役所には、今とはまったく違う職場の空気がありました。
静かなマシンルーム。
夜通し響くプリンターの音。
そして、真っ赤な顔で戻ってくる税務担当の職員たち。
あの徹夜勤務の夜も、私の中に残る「昭和の役所」の一場面です。

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