
選挙の日、私たちは投票所へ行って投票用紙に候補者の名前を書き、投票箱に入れます。
多くの人が知っているのは、ここまでではないでしょうか。
では、午後8時に投票所が閉まったあと、その投票箱はどうなるのか。
何万枚という投票用紙を、どうやって候補者ごとに分けるのか。
そして、書かれている文字がはっきりしない一票は、いったい誰が判断するのでしょう。
私は特別区職員として選挙管理委員会に勤務し、何度も開票事務に携わりました。
後には責任者として選挙に携わることにもなりましたが、今回は主に職員だった頃を思い出しながら、一般の人が見る機会の少ない「開票所の舞台裏」を書いてみたいと思います。
■投票所や開票所全体の仕事については、以前の記事「選挙は『段取り八分』――元選管職員が語る投票所・開票所の舞台裏」でも書いています。

開票には「即日開票」と「翌日開票」がある
選挙の開票には、投票日のうちに行う即日開票と、翌日に行う翌日開票があります。
私が経験した選挙では、即日開票が中心でした。
午後8時に投票が終了すると、そこから開票作業が始まります。
一方、選挙によっては翌日開票を行うこともありました。
翌日であれば、職員も疲れ切った深夜ではなく、頭がすっきりした状態で作業できます。
人員を確保しやすく、ある程度余裕を持って開票できるという面もあります。
ただし、結果が分かるのは遅くなります。
即日開票には、有権者に早く結果を知らせることができるという大きな利点があります。
法律上も、開票はすべての投票箱の送致を受けた日、またはその翌日に行うことになっています。
ここからは、私がよく経験した即日開票を中心に話します。
午後8時、投票箱が開票所へ向かう
投票が終わると、投票箱は閉鎖され、そのまま開票所へ運ばれます。
私が勤務していたところでは、タクシーを使って運んでいました。
投票箱だけが車に積まれて運ばれるわけではありません。
投票管理者や立会人が一緒です。
当時、各投票所には警察官も配置されており、私が経験した選挙では警察官も一緒に開票所まで向かいました。
また、投票箱とともに「投票録」なども開票所へ送られます。
投票録には、その投票所で行われた投票に関する事項が記録されています。
公職選挙法でも、投票管理者が投票録を作成し、投票立会人とともに署名すること、さらに投票箱や投票録などを開票管理者へ送致することが定められています。
投票箱だけが誰にも見られない状態で、いつの間にか開票所へ届くというものではありません。
私は午後4時ごろから開票所に入っていた
開票作業そのものは夜ですが、私はもっと早く開票所へ行っていました。
記憶では午後4時ごろだったと思います。
私は投票録を受け付ける場所の準備をしたり、投票所で使ったパソコンなどを回収したりする役割もあったからです。
開票所に使っていたのは、体育館のアリーナでした。
まだ開票が始まる何時間も前です。
体育館の中には、開票作業をするための机が図面どおりに並べられています。
開票管理者や開票立会人の席もあります。
会場担当の職員が設営状況を確認しています。
まだ大勢の職員が集まってくる前の体育館は、静かです。
これから大きな仕事が始まるという、ピーンと張り詰めたような空気がありました。
やがて選管本部から職員が移動してきます。
開票事務に従事する一般の職員も集まってきます。
そして午後8時を過ぎると、各投票所から投票箱が次々に到着します。
第一投票所、第二投票所……と、それぞれ置く場所も決められていました。
投票箱がそろい、職員もそろう。
いよいよ開票です。
静かな体育館に「ザザザッ」という音が響く
開票開始の合図が出ます。
それまで静かだった体育館の空気が、一気に変わります。
投票箱を開け、中に入っている投票用紙を出します。
ザザザッ――。
大量の紙が擦れる音がします。
投票箱の中に票が残っていないことも確認します。
アルミ製の投票箱が動くたび、
カチャカチャ。
という音が体育館に響きます。
そこから職員が投票用紙をそろえていきます。
今度は大量の紙が擦れる音です。
そして、ある程度そろえた投票用紙が読み取り機へ運ばれていきます。
すると、
カタカタカタカタカタ……。
何台もの読み取り機が一斉に動き始めます。
数時間前まで静かだった体育館が、まったく違う場所になります。
私は何度も開票に携わりましたが、この開票開始直後の音は今でも印象に残っています。
何万枚もの票をどうやって候補者別に分けるのか
開票で大変なのは、何万枚もある投票用紙を候補者別に分けることです。
昔は、人の手で候補者別に分けていました。
その後、読み取り機が導入されました。
まず人が投票用紙の向きなどをそろえ、それを読み取り機へ持っていきます。
機械が候補者名を読み取り、明らかに判別できる票は候補者ごとに分けていきます。
私はこの機械の精度には感心したものです。
選挙前には何度もテストをしていましたが、かなり正確に読み取ります。
しかし、機械がすべての票を決めてしまうわけではありません。
文字が読み取れない。
候補者名なのか判断しにくい。
白紙である。
そうした票は機械がはじきます。
ここから先は、人間の仕事になります。
分類した票を数え、開票システムへ入力する
候補者別に分けられた票は、今度は計数機で数えていきます。
お札を数える機械を想像してもらうと、近いかもしれません。
私が経験した現場では、投票用紙を一定枚数の束にしていました。
そこに候補者名などを識別するためのバーコードを付けます。
そのバーコードを開票用のパソコンで読み取って、候補者ごとの得票数を積み上げていきます。
この作業には、当時の情報処理担当の職員なども携わっていました。
途中経過として発表される、
「午後10時現在」
「午後11時現在」
といった開票速報の数字も、こうした作業の積み重ねによって出てきます。
開票所では、紙の投票用紙をただ人間が数えているだけではありません。
人の目、読み取り機、計数機、コンピューターを組み合わせて集計していました。
読み取り機が判断できなかった票はどうなるのか
ここからが、開票作業の中でも特に難しいところです。
読み取り機が判別できなかったからといって、その票をすぐに無効にするわけではありません。
私が経験した開票所では、そうした票を通常の流れから外して、別の担当へ回していました。
そこで、
「これは有効ではないか」
「これは無効ではないか」
と確認していきます。
そして、それでも簡単には判断できない票があります。
そのような難しい票を扱うのが、私たちが「疑問班」と呼んでいた担当でした。
疑問班には、選挙事務に詳しいベテラン職員などが配置されていました。
開票事務の中でも、私は疑問班が一番大変だったと思います。
「この人は誰に投票しようとしたのか」
投票用紙というのは、必ずしもきれいに候補者の氏名が書かれているものばかりではありません。
文字が崩れている。
候補者名らしいけれど、はっきりしない。
候補者の名前とは違うことが書かれている。
さまざまな票が出てきます。
そこで大切になるのが、
「この人は誰に投票しようとしたのか」
という投票者の意思です。
疑問班では、自分たちの感覚だけで、
「これはこの候補者だろう」
と決めるわけではありません。
過去の判例や通達、事例集などを確認しながら、一票一票を検討していきます。
そして最終的には、開票管理者や開票立会人にも確認してもらいます。
法律上も、投票の効力は開票立会人の意見を聴いて開票管理者が決定する仕組みになっています。
開票立会人は候補者などから届け出ることのできる仕組みになっているため、それぞれの票を見る目も当然厳しくなります。
職員が、
「この票は有効です」
と説明するときにも、事例を示しながら説明します。
簡単に決められるものではありません。
開票が深夜まで続く理由
機械で明確に読み取れる票だけなら、開票はもっと早く終わると思います。
時間がかかる理由の一つが、こうした簡単には判断できない票です。
一票ずつ確認する。
過去の事例を調べる。
開票管理者や立会人にも確認してもらう。
そうやって確定させていきます。
そのため、開票作業は深夜まで続くことがあります。
疑問票の処理が最後まで残れば、日付が変わっても作業が続きます。
テレビで開票速報を見ていると、
「なぜこの自治体は、なかなか開票が終わらないのだろう」
と思うことがあるかもしれません。
しかし開票所では、速さだけを競っているわけではありません。
一票を間違って扱わないことの方が重要です。
「開票で不正ができる」という話を聞いて思うこと
インターネットなどでは、ときどき、
「投票箱を運ぶ途中で何かできるのではないか」
「読み取り機で票を操作できるのではないか」
といった話を目にすることがあります。
私は、すべての自治体のすべての選挙について知っているわけではありません。
ですから、何でも「絶対にあり得ない」とまで言うつもりはありません。
ただ、少なくとも私が実際に携わった選挙の仕組みを見る限り、一人の職員が勝手に票を処理して、簡単に結果を変えられるようなものではありませんでした。
投票所では投票管理者や立会人がいます。
投票箱は閉鎖され、投票録などとともに開票所へ送られます。
開票所には開票管理者と開票立会人がいます。
読み取り機で判別できなかった票は人間がもう一度確認します。
難しい票は、さらに疑問班が調べます。
その判断についても、開票管理者や立会人が確認します。
そして確定した票が集計されていきます。
一票が最終的な数字になるまでに、何段階もの確認があるのです。
一票を数えるというのは、単純な仕事ではない
選挙結果だけを見れば、
「○○候補 5万票」
「△△候補 4万票」
という数字にしか見えません。
しかし、その数字になるまでには、一枚一枚の投票用紙を確認する作業があります。
その一枚一枚を、開票所では人と機械を使って確認していきます。
特に今でも印象に残っているのは、最後まで残る疑問票です。
たった一枚の紙を前にして、
「この人は、誰に投票しようとしたのだろう」
と職員たちが考える。
過去の事例を調べ、立会人にも確認してもらう。
それを一票ずつ積み重ねていきます。
選挙の仕事は、何も起きず、正しい結果が出て当たり前だと思われる仕事です。
私も選挙管理委員会で働いていたときは、その「当たり前」を守る側にいました。
午後4時ごろ、まだ静かな体育館に入る。
夜になると投票箱が次々と届く。
開票が始まれば、紙が擦れる音、アルミの投票箱が当たる音、何十台もの読み取り機の音が体育館に響く。
そして、その騒がしい作業の最後に残るのが、人間が慎重に判断しなければならない一票です。
一票を数えるというのは、思っているほど単純な仕事ではありません。

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