ひとり親家庭の支援担当になって、私のイメージは変わった|元特別区職員の体験

ひとり親家庭と聞いて、どんな家庭を思い浮かべるでしょうか。

実は、私自身、一時期ひとり親家庭のような環境で育ちました。

私の両親は離婚と復縁を経験しています。別れたものの、また元の鞘に戻る。そんな家庭でした。

そのため、私の中には、ひとり親家庭に対する一つのイメージがありました。

一生懸命に生活しているけれど、法律や行政の制度を十分に知らず、苦労している家庭。

そんなイメージです。

ところが、特別区職員としてひとり親家庭の支援に携わるようになり、私の考え方は少し変わりました。

初めて経験した、ひとり親家庭の支援

私は、それまで比較的残業の少なかった公害補償係から、子ども家庭支援課に異動しました。

そこは組織改正によって新しくできた課でした。

児童扶養手当や児童手当などを担当する係があり、私が係長を務めたのは、課全体の運営とひとり親家庭の相談支援を担当する係でした。

課の方針を考え、予算や決算を取りまとめる。

その一方で、ケースワーカーなど、ひとり親家庭の相談を受ける職員も所管する。

課の司令塔のような仕事と、住民の生活に直接関わる仕事が一つの係になっていたのです。

正直なところ、少し無理のある組織構成だと思いました。

しかし、そこで私は、それまで知らなかったひとり親家庭の現実に触れることになりました。

相談を受けて、イメージが変わった

相談に来るのは、母子家庭のお母さんが多かったと記憶しています。

生活費の問題、子育ての悩み、仕事の問題、夫婦関係の問題など、相談内容はさまざまでした。

中には、相手からつらい仕打ちを受けているという相談もありました。

一方で、話を聞いていると、本人の判断や行動にも問題があるのではないか、と感じる事例もありました。

行政の支援を求める一方で、自分自身で生活を立て直そうとする姿勢が、なかなか見えてこない方もいました。

もちろん、相談窓口で接した方々が、ひとり親家庭全体を代表しているわけではありません。

また、外から見ただけでは分からない事情もあるでしょう。

それでも、私がそれまで抱いていた「一生懸命頑張っているけれど、制度を知らずに困っている家庭」というイメージだけでは捉えきれない現実がありました。

「私はお金を借りていません」

印象に残っているのが、ひとり親家庭への貸付金の返済をめぐる相談です。

当時、東京都や区には、生活や子どもの進学などを支援するための貸付制度がありました。

これは給付金ではありません。

借りたお金は、原則として返済していただく必要があります。

ところが、約束どおりに返済できない方もいました。

そうした場合、家庭の事情を聞きながら、少額でも計画的に返していただくよう相談していました。

あるとき、貸付金の返済について話をするため、女性が窓口に来ました。

男性も一緒でした。

ところが、女性は、

「私はお金を借りていません」

と言うのです。

こちらには、当時の借用証書が残っています。

それを示して説明すると、今度は同行していた男性が、

「これは、この人の字じゃない」

と言い張ります。

住所などの確認や、それまでのやり取りもあり、私たちとしては本人が借りたものと考えていました。

それでも、なかなか認めてもらえません。

結局、事情を説明し、少しずつでも返済していただくようお願いしました。

こうしたやり取りは、一度だけではありませんでした。

借りるときには必要だったお金でも、返す段階になると話が難しくなる。

貸付制度を運営する側の苦労を感じた出来事でした。

子どもたちの居場所をつくる仕事もあった

もちろん、ひとり親家庭への支援は、お金の問題だけではありません。

子どもたちが安心して過ごせる場所をつくることも、大切な仕事でした。

私がいた課では、NPO法人と協力して、学校が休みの日などに子どもたちが集まり、勉強できる場所を設けていました。

そこには大学生などの若い人たちがいて、子どもたちの勉強を見てくれました。

区役所には、子どもたちを支援したいという思いがある。

NPO法人にも、同じような思いがある。

双方の思いが合致して実現した取り組みでした。

うどん作りを見つめる子どもたち

さらに、民間企業が協力してくれたこともありました。

ある飲食企業が、子どもたちに昼食を提供するとともに、うどん作りの現場を見学する機会を設けてくれたのです。

普段、私たちはうどん屋さんで出来上がった料理を食べます。

しかし、麺がどのように作られているのか、その工程を間近で見る機会はあまりありません。

子どもたちは、

「へえー」

という感じで、興味深そうに見ていました。

大人でもなかなか経験できないことです。

ましてや子どもたちにとっては、目を見張るような体験だったと思います。

行政だけでなく、NPOや民間企業も一緒になって子どもたちを支える。

そんな仕事も、この部署では経験しました。

ひとり親家庭の支援に携わって思ったこと

私は、この部署でひとり親家庭のさまざまな姿を見ました。

生活に困り、助けを必要としている人。

制度を利用しながら、何とか生活を立て直そうとしている人。

一方で、行政との約束を守ってもらうことが難しい人もいました。

それまで自分が抱いていたイメージとは、ずいぶん違う面もありました。

しかし、もう一つ感じたことがあります。

それは、親の事情がどうであっても、子どもたちを支えることは大切だということです。

貸付金の返済をめぐって苦労することもあれば、子どもたちが楽しそうにうどん作りを見つめる姿を見ることもある。

同じ部署の仕事でも、ずいぶん違うものです。

43年間の公務員生活では、さまざまな部署を経験しました。

その中でも、ひとり親家庭の支援は、私自身の経験と重ね合わせながら、改めていろいろなことを考えさせられた仕事でした。


子ども家庭支援課に異動する前、私は公害補償係で5年間働いていました。

それまでの激務とは違い、比較的落ち着いた仕事を経験した時期でもあります。

▶ 激務の部署から公害補償係へ――43年間の公務員生活で経験した、少し違う5年間

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