
「第二希望なら異動できる」という都市伝説
かつて私が勤めていた役所には、人事異動について、まことしやかに語られる話がありました。
「異動希望は第二希望を書いた部署に行ける」
というものです。
裏を返せば、
「第一希望には行けない」
ということになります。
もちろん、本当にそんな人事ルールがあったわけではありません。
けれど、長い公務員生活を振り返ってみても、私自身、希望どおりの部署へ異動できたのは一度しかありませんでした。
その一度が、情報処理担当から保育課への異動です。
そして、その異動の裏側では、私の知らないところで人事をめぐる動きがありました。
保育課から突然のオファー
当時、私は情報処理部門に所属し、保育システムに関わっていました。
保育課にもオフコンがあり、
- 審査会用の名簿
- 入所決定通知
- 保育料の徴収データ
などを処理していました。
あるとき、保育課の係長から、
「保育課に来て、こちら側のシステムを担当してほしい」
という話をもらいます。
保育課から人事担当へも働きかけるので、
「あなたも強く異動希望を出してほしい」
と言われました。
そこで私は保育課への異動を希望します。
最初の内示名簿に私の名前はなかった
ところが、すんなり決まったわけではありませんでした。
後から聞いた話では、最初に作られた異動の内示名簿に、私の名前はなかったそうです。
それに気づいた保育課側が、あらためて人事へ働きかけた。
その結果、私は保育課へ異動することになりました。
私の長い役所人生で、希望した部署へ異動できた数少ない経験です。
ただし、私の希望だけで実現した異動ではありませんでした。
「欲しい」と言ってくれる部署があったからこそ実現した異動だったのです。
「来てほしい人」と「出したい人」
保育課が私を必要としていたのには、もう一つ事情がありました。
当時、保育課のコンピュータ担当者が、コンピュータ関係の業務を一人で抱え込み、それ以外の仕事をほとんどしない状態になっていたそうです。
保育課としては、
「新しい担当者を入れたい」
と同時に、
「現在の担当者を別の部署へ異動させたい」
という事情もあったわけです。
人事異動というと、職員本人が、
「この仕事をやりたい」
「この部署へ行きたい」
と希望を出し、それを人事担当が判断するものだと思いがちです。
しかし、実際にはそれだけではありません。
「この職員が欲しい」
という部署がある。
一方では、
「この職員を異動させたい」
という部署もある。
そんな受け入れる側、送り出す側の事情も絡んで、人事異動は決まっていきます。
助役から聞いた「ビーカーの中のカエル」
当時の助役から、人事異動についてこんな話を聞いたことがあります。
ビーカーにカエルを入れて、水を少しずつ温めていく。
するとカエルは水が熱くなっていることに気づかず、そのまま煮えてしまう。
ところが熱いお湯に入れれば、驚いて跳び出す。
いわゆる「ゆでガエル」のたとえ話です。
水を少しずつ温めると変化に気づかないまま危険な状態になる、という組織論でよく使われる比喩です。
同じ人間が同じ部署に長く居続ければ、組織は次第に硬直していく。
そこへ人事異動によって新しい人を入れる。
違う経験や考え方を持った人が入ることで、組織が活性化する。
人事異動には、そういう意味もあるのだと教えられました。
理想だけでは決まらない人事異動
ただ、43年間役所で働いてきた私には、人事異動がそれほどきれいな理屈だけで行われていたとも思えません。
部署としては、できれば優秀な職員に来てほしい。
逆に、扱いに困っている職員には異動してほしい。
職員本人にも希望があります。
そして、人事担当には組織全体の配置があります。
それぞれの思惑が重なるところで、人事異動は決まっていきます。
私自身、保育課以外にも、他部署の管理職から「来てほしい」と声をかけてもらったことが三回ほどあります。
しかし、それらの異動は実現しませんでした。
欲しい部署があるからといって、必ず異動できるわけでもないのです。
43年間働いて分かったこと
「異動希望を書けば、その部署へ行けるのか」
そう聞かれたら、私は、
「そんなに単純ではない」
と答えます。
本人の希望。
現在の部署の事情。
受け入れる部署の事情。
人事担当の判断。
そして組織全体のバランス。
いくつもの事情が重なった結果として、一枚の人事異動の名簿が出来上がります。
毎年、職員が一喜一憂する人事異動。
その名前の一つひとつの裏には、本人には見えないさまざまな事情があったのです。

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