「絶対失敗するぞ」と言われた――投票所の選挙人名簿を電算化したときの話

いまでは当たり前のバーコード照合

現在、投票所へ行くと、入場整理券のバーコードを読み取り、選挙人名簿に登録されているか確認する自治体が多いと思います。

しかし、以前は紙の選挙人名簿を使っていました。

私が勤めていた区で、この名簿対照事務を電算化したのは平成18年(2006年)のことです。

いまでは当たり前に見える仕組みですが、導入するときには、

「これは絶対失敗するぞ」

とまで言われました。

私はその導入に担当者として関わりました。


紙の選挙人名簿を何冊にも分けていた

それ以前の投票所では、選挙人名簿を何分冊かに分けて使用していました。

受付では、入場整理券を見て、

「○番の受付へ行ってください」

と該当する名簿対照係へ案内します。

名簿対照係は、入場整理券と紙の選挙人名簿を照らし合わせて本人を確認します。

そのため、名簿対照係だけでも何人かの職員が必要でした。

混雑時には照合に時間がかかり、投票する人が並んでしまうこともあります。

また、人の手で確認してチェックする以上、記載ミスなども起こります。

こうした問題を少しでも解消できないか。

そこから、名簿対照事務の電算化を検討することになりました。


23区でも導入している区はわずかだった

当時、特別区の状況を調べてみると、すでに導入していたのは、私の記憶では1、2区程度だったと思います。

そこで、まず先行している区から、

「実際にどうやっているのか」

を教えてもらうところから始めました。

分からないことが出てくるたびに、その区の担当者へ問い合わせます。

何度も何度も聞きました。

今になって思えば、

「ずいぶん面倒な担当者だっただろうな」

と思います。

先行していた区の担当者には、本当にお世話になりました。


一つの投票所にパソコンを何台置くのか

最初に検討した大きな問題の一つが、

「一つの投票所に何台のパソコンが必要なのか」

ということでした。

少なすぎれば、せっかく電算化しても投票者を待たせてしまいます。

かといって、必要以上に配置すれば費用がかかります。

財政当局と話をすれば、当然、

「それで職員を何人減らせるのか」

という話にもなります。

しかし、電算化したからといって、従事する職員を極端に減らしてしまい、投票事務そのものに支障が出ては意味がありません。

システムの効率化と、実際の投票所運営。

その両方を考えながら決める必要がありました。


標準パッケージを自分たちの区に合わせる

システムも、購入すればそのまま使えるわけではありませんでした。

まず、コンピューターの標準パッケージを、自分たちの区の投票事務に合わせて改修していきます。

ある程度できたところで、実際に投票所で事務にあたる職員にも操作してもらい、意見を聞きました。

そして、また改修する。

テストする。

問題が見つかれば、また直す。

改修とテストを何度も何度も繰り返しました。

机の上で考えたシステムではなく、実際の投票所で使えるものにしていかなければならなかったからです。


「これは絶対失敗するぞ」

ある程度システムが出来上がったところで、投票所の責任者や投票管理者、立会人などが集まる会議で、実際にデモンストレーションを行いました。

肯定的な意見は多かったと思います。

しかし、全員が歓迎したわけではありません。

実際に見た投票所の責任者の中には、

「これは絶対失敗するぞ」

と言う人まで出てきました。

今まで紙でやっていた仕事を、突然コンピューターに変えるわけです。

今から考えれば、バーコードを読み取って名簿を照合するだけのことに見えるかもしれません。

しかし、当時の現場では、それさえ簡単に受け入れてもらえるものではありませんでした。


投票日――心配で何度も投票所へ行った

そして、初めて電算化した投票日を迎えました。

担当していた私は、

「本当に大丈夫だろうか」

と心配で仕方がありませんでした。

そのため、ある投票所へ何度か様子を見に行きました。

投票所の責任者に、

「どうですか?」

と聞いてみました。

返ってきたのは、

「順調だよ。本当に誰も並ばなくなった」

という言葉でした。

その言葉を聞いたときには、本当にほっとしました。

「絶対失敗するぞ」とまで言われた仕組みです。

それが実際に動かしてみれば、以前より投票者を待たせなくなった。

担当者として、うれしかったことを覚えています。


パソコンを入れれば終わりではなかった

ただ、名簿対照を電算化するというのは、システムを作ってパソコンを投票所に置けば終わりではありません。

パソコンが何台も必要になります。

バーコードリーダーも必要です。

それらを投票所まで安全に運ばなければなりません。

以前は紙の選挙人名簿を送っていました。

電算化すれば、今度はパソコンで使用するデータを投票所へ持っていく必要があります。

パソコンを運ぶためのアタッシュケースもいる。

データ媒体を安全に運ぶための入れ物もいる。

そして、投票が終わった後にどう回収するのかも考えなければなりません。

一つの仕事を電算化すると、それまで存在しなかった仕事や物が新たに必要になるのです。


終わってしまえば「当たり前」になる

終わってしまえば、なんということもありません。

一度仕組みができてしまえば、次の選挙からはそれが、

「いつものやり方」

になります。

しかし、初めて何かを変えるときは違います。

やり方を考える。

先行している自治体に聞く。

予算を確保する。

必要な機械を決める。

システムを改修する。

現場の職員に使ってもらう。

問題があれば直す。

必要な物をそろえる。

そして、本番で本当に動くのかを確認する。

今では、投票所で入場整理券のバーコードを読み取っている光景を見ても、特別なことだと思う人はほとんどいないでしょう。

けれど、その「当たり前」に変わる最初の選挙に、私は担当者として関わりました。

「これは絶対失敗するぞ」

そう言われた仕組みが、本番の日には、

「順調だよ。本当に誰も並ばなくなった」

と言ってもらえた。

選挙管理委員会で経験した仕事の中でも、今でもよく覚えている仕事の一つです。

私の公務員人生で、一番残業した時期

ただ、この仕事にはもう一つ、忘れられないことがあります。

私の公務員人生の中で、一番残業をしたのが、この名簿対照事務を電算化していた時期でした。

通常の選挙事務を進めながら、新しいシステムを作らなければなりません。

先行区への問い合わせ、業者との打ち合わせ、システムの改修、テスト、現場との調整、財政当局との話、必要な物品の準備。

一つ片づけば、また別の問題が出てきます。

選挙には投票日があります。

「間に合わなかったので、もう少し待ってください」

とは言えません。

決められた投票日には、必ず動く状態にしておかなければならないのです。

だから、どうしても通常の勤務時間だけでは仕事が終わらなくなりました。

いま振り返れば、大変な時期でした。

それでも、投票日当日に投票所へ行き、

「本当に誰も並ばなくなった」

という言葉を聞いたとき、それまでの苦労が報われたような気がしました。

新しい仕組みが「当たり前」になるまでには、その裏側で準備をする人がいる。

私にとって、この名簿対照事務の電算化は、そのことを強く実感した仕事でもありました。


選挙は、投票日だけで成り立っているわけではありません。人・物・場所を何か月も前から準備して、ようやく当日を迎えます。
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