
区役所や支所だけでなく、駅直結の商業施設でも期日前投票ができたら、便利になるのではないか。
私が選挙管理委員会に勤務していた頃、そんな話が持ち上がりました。
区長や副区長の意向を受け、上司から相談されたのです。
「期日前投票所を、もう少し増やせないだろうか」
候補として挙がったのは、商店街や駅ビルなどでした。
私は、何か新しい仕事の相談を受けたとき、できない理由を探すのではなく、どうすれば実現できるかを考えるようにしていました。
今回も、技術的には可能だろうと思いました。
ただし、投票所は場所さえ確保すれば開設できるものではありません。
電気やコンピューター回線、人員配置、投票に来る人の動線。解決しなければならないことが、いくつもありました。
最初に探したのは、期日前投票所の空白地帯
当時、私の区では、区役所本庁と支所に期日前投票所を設けていました。
上司が考えていたのは、既存の投票所でカバーしきれていない地域に、新しい投票所を設けることでした。
そこで、まず候補に挙がったのが、海に近い臨海部です。
実際に現地へ行き、候補となる施設を見学しました。
しかし、なかなか条件に合う場所が見つかりません。
そこで私は、第二案として、区の中心部にある駅直結の商業施設を提案しました。
その駅にはJRと私鉄が乗り入れており、多くの人が利用します。
区役所からも近い場所でした。
駅を利用する人や、買い物に来る人にも利用してもらえるのではないか。
そう考えたのです。
選挙に必要なのは「人・もの・場所」
私は、選挙を実施するうえで大切なのは、「人・もの・場所」の三つだと考えています。
投票所を設ける場合も同じです。
まず、場所。
駅直結であれば、電車を利用する人にとって便利です。しかし、駅ビルの中ならどこでもよいわけではありません。
投票に来た人が迷わずたどり着けるか。受付から投票まで、スムーズに移動できるか。必要な広さが確保できるか。
現地で実際に場所を見せてもらい、投票所のレイアウトを考えました。
次に、人です。
期日前投票は平日も行い、夜8時まで開いています。
投票所の職員は、選挙管理委員会の事務局から派遣しなければなりません。
何かトラブルが起きたときには、応援の職員を送る必要もあります。
その点、区役所に近い駅ビルなら、すぐに対応できます。
そして、もの。
投票用紙や投票箱などはもちろん、当時すでに投票所ではコンピューターを使っていました。
そのため、電源と通信回線の確保が欠かせません。
こうした条件を現地で確認した結果、私は、この場所なら実現できるのではないかと考えました。
JRの駅ビルに、区の通信回線を引く
場所が決まっても、まだ大きな問題が残っていました。
設備の問題です。
駅ビルはJRの施設です。
そこに区の設備を設置し、通信回線を引くことになります。
民間施設の中に、行政の設備を持ち込むわけです。
当然、施設側との調整が必要でした。
電源をどこから確保するのか。コンピューターの通信回線をどのように引くのか。工事費はどうするのか。
一つずつ打ち合わせを進めました。
さらに、商業施設ならではの制約もありました。
工事ができるのは、営業が終わってからです。
夜間に工事を行い、翌朝の営業が始まるまでには、商業施設を通常どおり使える状態に戻さなければなりません。
私自身が工事をするわけではありませんが、最初の工事には立ち会い、関係者と確認を行いました。
期日前投票所を一つ増やすだけでも、こうした裏方の仕事が必要なのです。
商業施設にとっても、メリットがあった
区としては、区民が投票しやすい場所を増やしたい。
一方、商業施設にも、期日前投票所を設けるメリットがありました。
一つは、区の行政に協力するということです。
もう一つは、投票に来る人が増えることでした。
投票のために駅ビルへ来た人が、そのまま買い物をしてくれるかもしれません。
施設側でも、そうした効果を期待していたようです。
区と施設側、それぞれで検討や打ち合わせを重ね、最終的に設置できる見通しが立ちました。
そこから、さらに細かい取り決めを進めました。
例えば、投票所で働く職員のトイレです。
商業施設には、お客さんが使うトイレと、従業員用のバックヤードのトイレがあります。
投票所の職員には、お客さん用ではなく、バックヤードのトイレを使ってほしいという要望がありました。
施設の中を職員がむやみに歩き回らないようにすることも必要です。
そうした細かな事項まで確認し、最終的に基本協定を結びました。
ようやく、開設の準備が整ったのです。
開設当日、本当に人は来るのか
そして、いよいよ開設当日を迎えました。
私も現地へ行きました。
今回の投票所の設置には、私自身がかなり深く関わっていました。
初めての場所ですから、その場で判断しなければならないことも出てきます。
部下もいましたが、私も現地で対応に当たりました。
当日は、明るい選挙の推進に協力してくださる地域の方々にも参加していただきました。
チラシや啓発物品を配り、投票を呼びかけてくれました。
ただ、一つだけ、開けてみなければ分からないことがありました。
本当に、投票に来てくれる人がいるのだろうか。
便利な場所だとは思っていました。
しかし、実際にどれくらい利用してもらえるかは、始まってみないと分かりません。
ところが、開設すると、予想以上に多くの人がやって来ました。
やがて行列ができ、列を整理する職員が足りなくなったのです。
そこで、区役所の選挙管理委員会事務局から、応援の職員を派遣しました。
こういうとき、区役所から近い場所を選んだことが生きてきます。
心配していたコンピューターも、問題なく動きました。
多くの人が来ましたが、投票の受付も順調に進めることができました。
投票済証を見せると、買い物が割引に
投票所に多くの人が来ると、商業施設にも人が集まります。
施設側では、投票に来た人を対象にしたキャンペーンも行いました。
投票済証を提示すると、買い物が割引になるというものです。
割引率までは覚えていませんが、投票に来た人が買い物も楽しめるような取り組みでした。
このキャンペーンも、好評だったようです。
次の選挙でも、多くの人が期日前投票所を利用しました。
周辺のテナントからも評判がよかったと聞いています。
投票に来た人たちのマナーについても、特に大きな問題はありませんでした。
そのうち、施設側から、
「次の選挙も、ここでやりませんか」
と声をかけてもらえるようになりました。
最初は、こちらからお願いして設けた投票所でした。
それが、施設側からも次の開設を望んでもらえるようになったのです。
「できない理由」より「どうすればできるか」
区役所や支所とは違い、駅ビルに期日前投票所を設けるには、いろいろな調整が必要でした。
場所を探し、施設側と交渉し、通信回線や電源を確保する。
夜間工事を行い、職員の配置を考え、細かな取り決めをして協定を結ぶ。
開設当日には、予想以上の人が集まり、応援の職員を送ることにもなりました。
それでも、結果として、多くの人に利用してもらえる投票所になりました。
私は、役所の仕事で新しいことを求められたとき、できない理由を並べるよりも、どうすればできるかを考えるようにしてきました。
もちろん、何でもできるわけではありません。
必要な条件が整わなければ、実現できないこともあります。
今回の駅ビルへの期日前投票所の設置も、場所、人員、設備という条件を一つずつ確認し、施設側の協力を得たことで実現しました。
選挙は「人・もの・場所」。
私が選挙管理委員会で仕事をしてきた中で、大切にしていた考え方です。
駅ビルへの期日前投票所の設置は、その三つがそろって初めて実現できた仕事でした。

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