
今から40年前、私が勤務していた図書館には東京都から図書館長として派遣されていました。
ある年、とても変わった館長がやってきます。
その館長は、着任して間もなく、始業時間になっても平然と姿を見せなくなりました。
坊主頭に黒縁メガネ。気さくで親しみやすい館長でした。
その穏やかな第一印象からは、この後起きる出来事を誰も想像していませんでした。
話をしてみると、気さくで、馴れ馴れしささえ感じるほどでした。
図書館長が無断欠勤?
着任してから一週間ほどたった頃、始業時間になっても館長の姿が見えません。
連絡もなし。
「あれ?電車が遅れているのかな?」
館長は始業時間から30分ほど遅れて現れました。
特に気にしている様子もなし。
いつも通りに自席に座って仕事を始めます。
そういうことがしばらく続きました。
「休暇は足りるのかな?」
周りの心配もどこ吹く風。
淡々としています。
周りでは「東京都の習慣なのかな?」。そんな話をしていました。
ある日、係長が尋ねました。
「館長、東京都ではこんな勤務なのですか?」
すると館長。
「いえ、そうではないですけど、心配しないでください。
連絡がないということは何もないということですから。」
その言葉を聞いていた周りの職員は唖然として、言葉が出ませんでした。
でも、それ以降は館長も気を使ったのか、始業時間に間に合うように出勤するようになりました。
平穏な日々が続きます。
失踪事件
飲みに行けば、豪快な飲みっぷり。
カラオケに行けば、タンバリンを打ち鳴らして、人のマイクを奪って歌いだす。
しかし、本当に驚かされたのは退職の仕方でした。
ある朝、館長の姿が見えません。
「また30分ほど遅れて来るのだろう。」
誰もがそう思っていました。
その日のお昼になっても連絡がないので、館長の自宅に連絡を入れてみました。
しかし、留守のようです。
そんなことが2,3回続くと、職員の間に動揺が走ります。
館長は独身なので、自宅で変死の可能性も否定はできません。
職場にも緊張感が漂い始めました。
係長が代表して、自宅を訪れることになりました。
私は館長に親しみを覚えていたので、同伴を頼みましたが、大げさになるとのことで留守番になりました。
係長は朝、館長の自宅に向かい、お昼前には戻ってきました。
自宅には人の気配はなく、電気メーターも回っていなかったとのことでした。
あとは区の上層部に連絡をして、対応は上層部預かりとなりました。
顛末
一カ月ほどして、館長は退職したという話を聞きました。
その後、関係者から聞いた話では──
人事異動を巡る労働組合との交渉で心が折れてしまったらしい。
嫌気がさした館長は、仕事に行く気力を失い、桜前線の北上に合わせて東北から北海道に渡ったとのこと。
館長のお母さんが警察に捜索願いを出して分かったようです。
30分遅れの出勤も前代未聞でしたが、退職の仕方も我々の想像の上をいくものでした。
様々なことが許された時代。
懐かしいと言えば懐かしい思い出ですが、若手職員であった私には衝撃的な事件でした。
今なら考えられない出来事です。
しかし昭和の役所には、こんな強烈な個性を持つ管理職が確かにいました。
あの館長ほど、最後まで自分の流儀を貫いた人を、私はその後一人も知りません。

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