新しい図書館を造るとき、近所の本屋さんへ挨拶に行った理由

私が公務員になって、最初に配属されたのは図書館でした。

ただし、すでに開館している図書館ではありません。

これから新しく開館する図書館の準備をする仕事です。

4月に入庁し、図書館の開館予定は翌年の7月。

社会人1年目の私が、いきなり新しい図書館を造る仕事に加わることになりました。

もちろん、建物そのものを私たち職員が造るわけではありません。

開館までには、本を揃えたり、備品を準備したり、利用者を迎えるためのさまざまな仕事があります。

見るもの、聞くもの、ほとんどが初めてでした。

そんな開館準備をしていたある日、上司から言われました。

近所の本屋さんへ挨拶に行くというのです。

私は少し意外に思いました。

「本屋さんにも挨拶するんだ」

社会人になったばかりの私には、図書館を一つ開館させるために、そこまで地域に気を配るという発想がなかったのです。

図書館ができたら、本屋さんは困る?

新しい図書館の近くには、昔から営業している本屋さんがありました。

考えてみれば、図書館では本を無料で借りることができます。

そのすぐ近くで、本を売って生活している人がいる。

新しい図書館ができることによって、本屋さんの売り上げに何らかの影響が出る可能性もあります。

もちろん、実際にどの程度影響するのかは分かりません。

それでも、地域に新しい公共施設を造る以上、近隣で商売をしている人への配慮も必要なのでしょう。

上司、先輩、そして社会人1年目の私。

3人でその本屋さんへ挨拶に行きました。

詳しいやり取りまでは覚えていません。

ただ、

「役所って、こんなところにまで気を使うんだ」

と驚いたことは、今でも覚えています。

図書館と本屋さんは、単純なライバルではなかった

利用者から見れば、図書館と本屋さんはまったく違う場所です。

図書館は、本を借りるところ。

本屋さんは、本を買うところ。

一方で、「本を読みたい」という人を相手にしている点では共通しています。

そのため、当時の私は、

「近くに図書館ができたら、本屋さんのお客さんが減ってしまうのではないか」

とも思いました。

ところが実際に図書館で働いてみると、両者の関係はそれほど単純ではありませんでした。

なぜなら、図書館も本を購入するからです。

新しく図書館を開館するとなれば、書架に並べるためにたくさんの本が必要になります。

開館した後も、新しく出版される本などを継続して購入していきます。

もちろん役所ですから、本の購入先を職員が好き勝手に決められるわけではありません。

契約や会計上のルールがあります。

そのルールの中で、地域の書店との関係にも気を配っていました。

職員も、その本屋さんで本を買った

仕事上の付き合いだけでもありませんでした。

職員が個人的に本を購入するとき、その本屋さんを利用することもありました。

その本屋さんは家族で経営していて、ご主人や奥さんが本を届けてくれることもありました。

最初は、

「図書館の職員」と「近所の本屋さん」。

そんな関係だったと思います。

でも、顔を合わせる機会が増えるにつれて、少しずつ距離も近くなっていきました。

そのことをよく覚えている出来事があります。

教習所で本屋さんの奥さんと鉢合わせした

私は学生時代に運転免許を取っていませんでした。

そこで就職してから、仕事の合間を縫って自動車教習所へ通い始めました。

すると、そこで思いがけない人と会いました。

あの本屋さんの奥さんです。

奥さんも、運転免許を取るために教習所へ通っていたのです。

職場ではなく、教習所。

お互いに仕事を離れた場所です。

顔を合わせれば、教習のことなど、ちょっとした雑談もします。

今振り返ると、こういう何でもない出来事が案外大切だったように思います。

役所と本屋。

図書館職員と取引先。

そういう肩書を離れて話をしてみれば、同じように教習所へ通っている人間同士です。

何度か言葉を交わすうちに、それまであった心の壁のようなものが、少しずつなくなっていったような気がします。

図書館が開館して、本屋さんはどうなったのか

翌年7月、準備を続けてきた新しい図書館が開館しました。

では、近所の本屋さんはどうなったのでしょう。

私が知る限りでは、

図書館ができたことで、その本屋さんが駄目になったということはありませんでした。

それどころか、その後、お店を増やしていました。

もちろん、それが図書館の開館と関係していたのかどうかは分かりません。

本屋さん自身の努力もあったでしょうし、地域の変化など、さまざまな理由があったのだと思います。

ですから、

「図書館ができたから本屋さんも繁盛した」

とは言えません。

ただ、社会人になったばかりの私が漠然と考えていた、

「図書館ができる=近くの本屋さんにはマイナス」

というほど、現実は単純ではなかったようです。

図書館を造るということは、地域の中に入っていくことだった

公務員になったばかりの私は、「新しい図書館を造る仕事」と聞いて、もっと単純に考えていました。

建物を造る。

本を揃える。

机や椅子を置く。

職員を配置する。

そして開館する。

でも、実際はそれだけではありませんでした。

公共施設が一つできれば、その地域で暮らす人や商売をしている人にも、何らかの影響があります。

だから、周囲の人たちにも気を配る。

必要なら直接会って、挨拶をする。

そして開館した後も、地域の一員として付き合っていく。

社会人1年目の私は、本屋さんへ挨拶に行ったことで、そのことを初めて知りました。

図書館で働いていた頃のことを思い返すと、本や建物についての記憶だけではありません。

こうした、外からはなかなか見えない小さな仕事も思い出します。

あの日、上司と先輩について近所の本屋さんへ向かった私は、

「役所って、こんなところまで考えて仕事をするんだ」

と驚きました。

今考えると、それは私が公務員になって最初に教わった、

「地域の中で仕事をする」ということだったのかもしれません。

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