
私は、無事に定年まで勤め上げ、公務員を退職しました。
振り返ると、さまざまな思いが頭を巡ります。
良かったこと
二人の子どもを育て上げ、親も看取ることができました。
生物として「子孫を残す」という役目は果たせたのではないか。
そう思うと、ひとまずの安堵があります。
子どもたちは私立の中高一貫校に進学しました。
当時は「学級崩壊」という言葉が盛んに叫ばれ、クラスの半数近くが中学受験をする時代でした。
住宅ローンを抱えながらの生活は決して楽ではありませんでした。
それでも、安定した給与があったからこそ、何とか卒業まで送り出すことができました。
経済的な安定。
これが、公務員であったことの最大のメリットだったと思います。
どうよ、と思うこと
公務員は基本的に年功序列です。
言い換えれば、それが安定した収入につながり、公平公正な職務運営を支えている面もあるのでしょう。
しかし現実は、仕事ができようが、さぼっていようが、給料は上がっていきます。
私の給料が12万円だった頃、さぼりがちだった先輩は30万円をもらっていました。
経験では敵わなくとも、若さと真面目さだけは負けていなかった――。
今でもそう思っています。
憤懣やるかたない思いもありました。
それでも、せっかくなれた公務員です。
途中で投げ出すことなく、何とか定年まで勤め上げました。
公務員制度よ、ありがとう。
無事に過ごせたことには、感謝しています。
……とはいえ。
生まれ変わったら、公務員にはならないかもしれません。
公務員という職業
公務員はサービス業です。
いわゆる「所得の再分配」を担う立場にある以上、住民からの苦情も多くなります。
時には、サンドバッグのように感じることもありました。
言い返せば、それ自体が新たな苦情になる。
苦情のループです。
ここまで書くと「敵は住民か」と思われるかもしれません。
しかし、そうではありません。
最大の敵は、内部でした。
職員間の連絡が滞る。
知っているのに知らんぷりをする。
住民の言葉に心を痛めることもありましたが、
内部の無関心や無責任さに、とどめを刺されることも少なくありませんでした。
こうした気質は、簡単には変わらないのかもしれません。
まるでDNAに刻み込まれているかのように。
良くも悪くも、私は約40年、公務員を続けてきました。
「全体の奉仕者」という高尚な理念はさておき、何のために働いてきたのか。
正直に言えば、自分の生活を守るためです。
もちろん、仕事にやりがいを見いだせた時期もありました。
しかし、出世してもたかが知れています。
国家公務員上級職のような権力があるわけでもありません。
市区町村レベルの役所とは、そういうものです。
これが、偽らざる本音です。
