なぜ公務員になったのか ― 安定を選んだ理由

※本ブログは、配属順ではなく思い出した出来事から書いています。断片を通して、役所の実像を感じていただければ幸いです。

生い立ち

私は漁師町で育ちました。

祖父は大きな漁船の船頭でした。

時には大金を手にすることもあったようですが、収入は不安定。

波と天候に左右される、そんな仕事でした。

その祖父のもとで育った母もまた、経済的に安定しない暮らしを経験しています。

結婚後は洋裁教室を営みながら、家計を支えました。

そんな母は、徹底した「公務員推し」でした。

安定した収入。

ネクタイを締めたスーツ姿。

それが母にとっての安心の象徴だったのだと思います。

大学時代

わが家は、貧しいと言っても差し支えない状態でした。

とても大学に進学できる余裕はありません。

それでも、高校進学の際に地元の進学校を勧めてくれたのは母でした。

その延長線上に、東京の大学進学があります。

生活は、アルバイトと奨学金。

遊ぶ余裕などありません。

通学定期を最大限に活用し、カリキュラムどおりに通学する毎日。

外見は真面目な学生。

けれど実際は、遊ぶお金がなかっただけです。

友人には「授業があるから」と言っていました。

本当は違う理由だったのに。

今さらながら、あのときの小さな見栄に少しだけ謝りたい気持ちです。

就職

就職は、公務員と決めていました。

母の希望に従ったわけではありません。

正直に言えば、営業職のある一般企業に魅力を感じなかったからです。

地方公務員、国家公務員、裁判所職員…。

いくつか受験し、幸いすべて合格することができました。

教材は、実務教育出版の通信講座。

今のようなオンライン講座ではありません。

テキストと問題集が送られてきて、「あとは自習」という形式です。

書店に公務員向けの教材が並んでいる時代でもありませんでした。

「このテキストに出ていることは、絶対に落とさない」

そう決めて、ボロボロになるまで繰り返しました。

面接では、
「〇〇市は△△という目標を掲げており、私もその一員として――」

テキストに沿った、模範的な回答。

うなずく試験官の表情を、今でも覚えています。

努力は、たしかに報われました。

地方公務員という選択

最終的に選んだのは、市区町村レベルの自治体です。

理由はシンプルです。

転勤がないこと。

そして、もう一つ。

母のそばにいたかった。

大学に通わせる余裕などなかった家庭で、
それでも「大学卒業」という勲章を私に与えてくれた母。

その恩に報いたい。

守りたい。

安定を求めたのは、私自身のためだけではありませんでした。

これが、私が公務員になった理由。

そして、地方公務員を選んだ理由です。

あのときの選択は、
果たして正しかったのか。

今でも、ときどき静かに考えることがあります。

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